長い間わたくしは

あの広い夜空を飛び続け

人々の望むとおりに

夢を与えてまいりました




冷たい風にのり

翼で星をちらつかせ


おやすみ

おやすみと



祈り続けてまいりました




しかし 今ではもう


夜に飛ぶのが悲しいのです



いつの間にかわたくしの体はこんなにも小さくなり

やがてはこの時と共に消え去るのでしょう




街はまるでひび割れたように輝き続け



もう人々に


わたくしの歌は届かなくなりました 

































ドーナムロータ

〜夜に飛ぶ鳥を食べた少女のお話〜














































月が大きなある街に

人々が住んでいました


いくつもの家族がありました


家も道路も レンガ造りで

歩くとカタコトと音がしました


ネズミも地下を  カタコトとまわりました



その小さな街のはずれの

一人の少女のことを話します


名前は『ドーナムロータ』


赤みがかった長い髪

小柄で静かな女の子でした









































ドーナムロータはおとなしく

口数も少なかったので

あまり目立つような子どもではありませんでしたが


それでも

平凡で同じような毎日でも


ドーナムロータは幸せでした




両親がいました


幼い頃からの友人もいました


市場の片隅でいつも座っているおばあさんも

ロータのよい話相手でした




しかし幸せというものは

気付かない間に手をすり抜けているような


ときに見えなくなってしまうものなのです








































ある美しい夏の朝

ドーナムロータはまだ誰もいない広場へ駆けて行き


そして歌を歌いました



その歌声のなんと美しいこと!


街中の人は はじめ声ともわからずふらふらとその場へ引き寄せられ

少女を目にして わっと驚きました




「まぁ かわいい少女、あなたなの!」




みんなは陽気な気分になり

その日は一日中

街は歌でいっぱいになりました







































それからというもの

ドーナムロータは一番の人気者になりました

あらゆるところを飛ぶように駆け回り

カタコトと音をたて


美しいさえずりを  街中にとどろかせました



みんなドーナムロータの声に聞き惚れ

ああ あの子はドーナムロータ、 ドーナムロータと

肩をたたき合いました




いろんな人が

ドーナムロータにお菓子をあげたり

パーティに招待したり


ドーナムロータは友達が増えました


街中の人が

ドーナムロータの友達になりました













































しかし  そんなドーナムロータを

母親は自慢することもなく

ただ不思議に思っていました




「あなた どうして急に  そんな風になってしまったの

 どうして毎日毎日  あんなに楽しそうに歌えるのよ」



母親がそう尋ねると  ロータはこう答えました




「私が歌うとね、 みんな幸せな気分だって  言ってくれるんですもの

 私はなんだか それがとてもうれしいの」














































それから月日は流れ

寒い寒い冬がやってきました

レンガ道も雪で真白になり

街はひとときの眠りの時期です




いつからか  ドーナムロータは部屋に閉じこもったまま


一歩も外へ出なくなりました



心配した友達のエレナが

ドーナムロータの家を訪ねました












「ドーナムロータ、 ドーナムロータ

あなたがいないと 学校がちっとも楽しくないの

出て来てちょうだい  お願いよ」











しかし返事はありません










「ドーナムロータ、 ドーナムロータ

あなた 何日も  なにも食べていないのですって?

死んでしまうわ

出て来てちょうだい  お願いよ」




エレナは何回もドアを叩きました









































それからどのくらい 時間がたったでしょうか


もうあたりは暗くなり

エレナの手足はとても冷たくなっていました





すると

ドアの向こうから  奇妙な声が聞こえてきました











「もう帰って  エレナ」

















エレナは驚きました



まったく声が違うのですから



なんだか気味が悪くなり

ドアに向かっておそるおそる尋ねました



「あなたはドーナムロータなの?」








その声は静かに話しはじめました






































「ある夜  私はこの部屋の窓から月を眺めていたの

 窓の光が次々と消えて


 やがて月だけが私といた



 そしたらずっと遠くの空から

 一羽の黒い鳥が

 私の部屋に降りてきたのよ



 鳥は私に  なぜ眠らないのかと尋ねたの

 私は何も答えなかったのに


 鳥は  私も夜に飛ぶのが悲しいと言って泣き始めたの」




















エレナはドーナムロータの言っていることがわかりませんでした



「ロータ、あなた  風邪をひいているんじゃないの?」



しかしドーナムロータは続けます






















「私はその鳥の気持ちがよくわかった

 いろんなことが変わっていくのが悲しいの

 そして私も  それをどうすることもできなかった」

























エレナは言葉がつまりました


ドアの向こうが  深い深い森につながっているような気がしました








しばらくあたりは静まり返り

雪の降る音が聞こえてくるようでした






























「鳥は  私の中で生きてるの

 だから私 歌が歌えたのよ

 みんなが喜んでくれてとてもうれしかった


 私には何もなかったから


 だからあの人は  行ってしまったのだから…」


























エレナは泣き出して言いました





「ドアを開けて  お願いロータ」














少しの沈黙の後

やっぱりドアは開かずに

悲しい声が聞こえてきました




























「私  本当にこの街が大好きなのよ

 私 心から歌を歌ったわ


 それでももう私は 夜が悲しくてずっと眠れないの



 自分の体が変わっていくのがわかるのよ」

















エレナはもうたまらなくなって

階段を駆け下りて行ってしまいました


これ以上

ドーナムロータの声を聞くのが耐えられなかったのです

















風がガタガタと窓をゆらしました

ロータはひとり

ベッドの上でうずくまっていました


外を見ればエレナが駆けて行くのが見えるでしょう


それを思うと

涙が少しずつあふれてきました


























































耳をつんざくような悲鳴が街中に響き渡りました


そこは おしゃれな帽子をたくさん持っている  ロゼッタさんのおうち


ロゼッタさんの可愛がっていた猫のぺぺを

やせ細った汚い子どもが

ごくりごくりと食べていたのです



ロゼッタさんは 慌ててホウキを取り出して

その子をばしばしと殴りつけました



道へ出たその子どもは

街中の人から石を投げられ

目をそむけられ

汚い、汚いと  気味悪がられました


みんな、 あれはおかしな病気を持っていると言って

どうにか街から追い出そうとしました



誰も  その子がドーナムロータだとは

まったく気が付きませんでした






















































家に帰っても

母親は少女を家に入れませんでした


それどころか

物を投げて追い払い

堅くドアを閉めたのです




ドーナムロータは低くうなりました


もう言葉も話しません


暗い場所に潜んで過ごし

夜な夜な這い回っては  ネズミを捕って食べるようになりました




もう何もかも

忘れてしまっていたのです





















































食べちゃった小鳥

私がそう頼んだのよ

私のお腹の中で歌って

夜になると空を見て泣くの





食べちゃった猫

小鳥がそう頼んだのよ

私のお腹の中であばれて

小鳥をいじめて飲み込んだ





食べちゃったネズミ

猫がそう頼んだのよ

お腹の中で爪をたてて

ネズミが欲しいとおどかしたから
















































ある夜のことです


ドーナムロータは下水から出ると

ふと空を見上げました




そこには

大きな大きな月がありました



月が

まっかに輝いていました




それを目にしてドーナムロータは

すべてを思い出しました



幸せだった日々のことを











(海の向こうの光る街はね

夜でもずっと  月にも気付かず

ずっと働いているのですって

そうして誰も  帰ってくることはないのよ)














そう言った母親の言葉が頭をよぎりました



ドーナムロータは涙を流し

月を見つめたまま


静かに歌を歌いました







その声はもはや声ではなく

霧波のように  ゆっくりと街中に響き渡り


人々に眠りを誘いました




やがて街の灯りは月だけになり



みな


幸せな夢を見たのです



















































ドーナムロータの母親は

暖炉のそばの椅子に座ったまま

うとうと眠っていました


ふと気が付くと  いつの間にかドアが開いていて

そこには

出て行ったはずの夫が

すうっと立っていたのです




女は戸惑いましたが

男のやさしい笑顔に安心し

もたれるように抱きつきました





歌声が聞こえて振り返ると




ドーナムロータが歌っていました






母親は泣いて喜んで

少女を強く抱きしめました



そして三人で


あたたかいスープを飲んだのです

















































あくる朝


街の中に人だかりが出来ていました



小さな石のベンチの前に

あの汚い子どもが死んでいたのです



人々ははじめ  顔をしかめて迷惑そうに話をしていましたが

しだいになぜだかとても悲しい気持ちになり


みんなでその子を大事に埋めてあげました




ドーナムロータの母親は

それをじっと見ていました


じわりと涙があふれてきました



すると後ろの若い娘達が

昨夜とても幸せな夢を見たと

嬉しそうに話をするのを聞いて



泣くのを押しとどめられず

人だかりから身をはずそうとしました




するとその時

一人の老人が  か細い声で話しかけてきました




「最近ドーナムロータはどうしてるんだい   ちっとも歌を聞かないねぇ」




母親はしばらくしてから



「あの子はどうして…   あんな歌を歌ったのでしょうね」

と  つぶやくように答えたのでした





















end